宵の中に・・・
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「おかえりなさい」
そう呟いた声に誰も気付きはしない。
今日も、ある人の帰りを待っていた。
雨の日も、風の強い日も。
雪が降ろうが関係はない。
ずっと、その場で。。。ずっと、その電信柱の上で。。。。
夕方。夕焼けに照らされた電信柱に小さな灯火がついた。
そう、私は小さな電灯。
私の真下をいろいろな人や動物が通る。
買い物袋を手に提げて帰る人、犬の散歩をする人、
自転車で疾走する人、友達と喋る通学帰りの人たち、
電信柱におしっこをするワンちゃんなど。
そんな中、毎晩帰りの遅いあの人の帰りをずっと待っている。
どこに行ってて、何時に帰ってくるかわからない、あの人を。。
私の灯す電灯と私のあたたかい気持ちで待っている。。
「おかえりなさい」
あの人は、私に見向きもしない。
それでも帰ってきて、ホッと安心する毎日。
出会いはあの子が引越してきた時からだった。
今となっては、もう立派な大人。
あの人もいつの日か結婚して
次の世代を拝見することができるのだろうか?
こんな忙しい世の中だから
はたまた、引越してどこかへ行ってしまうのだろうか?
隣の家はこの前、引越してしまった。
隣の家の人たち・・・・
十数年、私の真下を通ってきたあの人たち。。。
もう、あんまりお目にかかることもできないだろう。。
そう思うと淋しい。。
でも、どこかでこの地と変わらない生活を送っているに違いない。
空家になったあの家には、もうすぐ新しい人が入る。
新しい人が入ってきたら、同じように見守っていこう。。
私は動くことさえ出来ない、小さな小さな電灯。。。
それでも、人や動物の変わりゆく日々の営みを見ることができる。
その姿は、もはや動くことなど関係はない、立派な時空の旅人。。。
「おかえりなさい」
聞こえはしない、その小さな電灯の声に、小さな声でそっと
「ただいま」と言った。